三代目の原点「宇都宮誠集さん」!
2025年3月31日
明治期に三崎地区に芋、麦の2毛作から民の暮らしをもっと楽にしたいと、宇都宮誠集翁が「夏柑」を試行錯誤してとりいれ昭和50年代には「日本一」とも言われた○みの清見タンゴール。
33年前、中学生の時に、口伝で伝わる「宇都宮誠集(のぶちか)翁」について調べたのが、三代目の町おこしの原点でした。
学校はあまり好きでなかったが、思い出深い先生とのご縁は記憶に残っている。この郷土クラブ創設のK先生との出会い、学びがなければ、今の三代目はない。よき指導者に恵まれた。
三崎高校に入り、同じようなクラブに入り、大会にも出てみたが、竿にも棒にもかからなかった。
その時に、また改めてK先生の偉大さを知ったのである。
そして、小さな成功事例が自己肯定感を高め小さな自信を産んだ。
この活動なくば、「みっちゃん大福」はこの世に生まれなかったろう。
人は与えられたものしか、与えられないと感じる。
当時の研究発表が、その後、Y先生のご好意でこちらに残っています。
30数年前に県の発表会で最優秀賞をいただいた宇都宮誠集さんの研究内容は母校二名津中学校(現三崎公民館二名津分館)に今も飾られています。 ↓
* 地域の方は親しみをこめて誠集(せいしゅう)さんと呼ぶ
http://www.goske.jp/edu/old/nichu41/story/bunka/seishuu.htm